
「我がダチアに攻め入ったことを後悔させやれ!」
「おーーーーーッ!!!」
剣を抜き、高々と掲げて叫ぶ妙齢の美女に呼応して、
僅か百名ほどの一部隊が手薄になった敵の本陣である砦へと突入する。
浮き足だった敵兵を薙ぎ払い、美女騎士は敵将の間を一直線に目指した。
十日前、女王の戴冠式を間近に控えていたダチアの城内は騒然となった。
大国ゴートが、ダチア国境に向けて進軍を始めたという知らせを受けたためだ。
原因はアジールの至宝と謳われるダチア国の第一王女ユノーとの
婚姻の申し込みを断ったことにあるらしい。
ダチア側としては、ユノーが王に選定されてしまったために仕方のないことだった。
が、ゴートの王は怒り狂った。
進軍を見過ごすこともできず、女王ユノーは、
妹であり自身直属の最も信頼を置く騎士であるミネルヴァに、進軍阻止を命じた。
ミネルヴァは一週間の行軍の後にゴート軍と激突。
ダチアがいかに今一番アジールの中で力のある国だと言っても、
相手はアジールの中で三本の指に入る大国ゴート。
大軍に圧倒され、じりじりと後退を余儀なくされているかに見えた。
「この連戦連勝はただの見せかけだったというのか!?」
「そういうことだ。そちらの油断を誘うための」
元々兵力差があったため、ゴート軍はダチアを侮っていた。
その上で、ミネルヴァは被害を最小限にとどめながらずっと負け戦を演じていた。
そしてゴート軍が油断しきり、一気に攻め立てて全軍を投入する機会を窺って
──山を迂回してゴートの本陣であるこの砦に辿り着き、奇襲をかけたのだ。
「ここもじきに制圧が完了する。降伏してはくれまいか」
「舐めるなよ小娘風情が!誇り高きゴートの騎士に、降伏などという言葉はない!」
「仕方がない。ではお相手しよう」
「数々の武勲をたてたといえどもたかが小娘一人になど屈するものか!」
男が剣を抜いて突進しようとしたその瞬間だった。
ミネルヴァが疾風の如く駆け、男の脇を通り過ぎる。
男の剣が宙を舞い、床に突き刺さる。
その柄には、男の手ががっちりと握り込まれたままだった。
「ぎっ、貴様ぁ! よくも儂の手を!!」
「手だけではない」
「なっ、なに─ッ!!? ごばッ!!? あの瞬間に…二回、斬られた…だと!?
こっ、これが…ダチアの武力…!? 姫騎士ミネルヴァ・アウグスタの実力か…っ」
総督は床に倒れ込み、動かなくなった。
「敵将を討ち取った。高らかに宣言せよ!」
ミネルヴァは易々と勝利し、あとからやってきた部下に命じた。
これで自軍の倍を誇っていた大国ゴートの軍勢もおしまいだ。
戦いは終わった、はずだった。
「ミネルヴァ様!伏兵っ、伏兵です!砦に進入されました!敵、オーガ10体!」
「オーガだと!? なぜここに!?」
オーガのようなモンスターは、ダチアの隣国であるドラゴヴィートにしか存在しない。
「来ます!!」
「下がれ!」
ミネルヴァの声に反応できなかった騎士達が、軽々と吹っ飛ばされる。
ただ腕を払っただけのような一撃で、屈強なはずのダチアの騎士は顔を潰され、
或いは壁に強く叩き付けられて命を落とした。
直後に、どすんという大きな足音を立てて巨躯の怪物が現れる。
「ミネルヴァ様危険です! 退却を!」
「ここはよい。皆、下がっていろ」
前で構える騎士達に言い置いて、ミネルヴァは迷わず単身で怪物の前に出た。
「アレだ、ミネルば……」
「私になにか用か」
「オマエ、オレタチのものに、していいって、イワレタ……」
「やはり私を狙い打ちか」
自分を狙ってオーガが放たれたということは、
最初からこうなるように仕組まれていたということ。
このゴートとの戦いすらも、かも知れない。
「お前達と遊んでいる暇はない。退かなければこの世から消えて貰うことになる」
「グヒヒ、ニンゲンの、女だ……!」
汚らしくよだれを垂らしたオーガ達の目は、自分達の前に立ちはだかる
女騎士を異常な性欲処理の道具としか捕らえていなかった。
「そうか。では本当にこの世から消えて貰う。行くぞ、ケラウノス!」
ドドンッと、室内だというのに雷が落ちたような音を立てて、
ミネルヴァの剣に目を覆うほどの光が宿る。
剣身がバチバチと音を鳴らして稲妻を帯びたように弾けていた。
「これが我がダチア王を守護するための魔法剣、雷のケラウノスの真の姿だ。
覚悟して貰おう!」
「グげッ!!?」
人間を遙かに凌駕するオーガ達ですら、
目映い光の剣を前にして後退りそうになっていた。
その、相手の隙を、ミネルヴァは見逃さない。
ほとんど目視できないスピードで迫り来る女騎士に、
オーガも必死に手を振り上げて叩き潰そうとした。
「遅い!」
たった一撃で騎士達を絶命させたオーガの攻撃だったが、
人間離れしたミネルヴァの速度からすれば鈍重。掠りもしない。
怪物の拳が床を叩き割る頃には、ミネルヴァはもう相手の懐に、いる。
「走れ雷! ライトニングスラッシュ!」
バチッと稲妻が駆け抜けたような音がこだまする。
攻撃をしかけたオーガは、立ちつくして動かなくなっていた。
だが騎士は止まらない。
勢いをそのままに次のオーガに肉薄、斬り伏せて、次に。
まるで本物の稲妻が地を這っているかのように、
巨躯の怪物の間を縫うように
して高速移動──雷を帯びたケラウノスの一太刀を浴びせた。
それはまさに電光石火だった。
剣の一撃を受けたオーガ達は、超高温の刃に灼かれ、メラメラと炎を上げる。
そして、あっという間に崩壊し、燃え尽き、灰となって、
ミネルヴァの宣言通りこの世から、消えた。
「すっ、すごい……! 我らが束になってやっと1体、相手にできる怪物を……
10体まとめて!? こんな一瞬で……!?」
その場にいた騎士の誰もが、ミネルヴァの凄まじい強さに圧倒されていた。
これがダチアの武力、姫騎士ミネルヴァ・アウグスタの実力。
雷の剣ケラウノスを自在に操り、まるで稲妻のような素早さで敵を倒すことから、
戦場の雷霆姫と恐れられる所以だった。
ゴート軍と怪物を相手に完全なる勝利をおさめたミネルヴァだったが、
表情はまったく晴れることはなく、むしろ険しくなる一方だった。
「引き上げる。本陣と合流だ。そのあとすぐダチアに帰還する」
焦りをなんとか押し殺しながら、休むこともせずに急いで砦を後にした。
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一方のダチアの王都は、モンスター軍団を擁する
ドラゴヴィートの軍勢に攻撃されていた。
王の守護者である雷霆姫ミネルヴァを欠いたダチアだったが、
蛮族と、人間よりも遙かに力が強い怪物の混成部隊を相手に、善戦していた。
才媛王と呼ばれるユノーの奇策がはまり、勝利も目前かと思われた。
しかしオルクスという敵総督が操るモンスター達は止まらなかった。
戦いに関係のない町や村を襲ったのだ。
ダチアの知性と称されるユノーは、ミネルヴァが戻るまで
なんとか抗おうとしたものの、怪物の脅威をまざまざと見せつけられることになる。
ダチアの民を目の前で公開処刑、しかもただの処刑ではなく、
怪物に生きたまま食われるという凄惨なものだった。
これにはたまらずユノーも屈し、ドラゴヴィートに単身投降した。
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ダチアに帰還したミネルヴァは、ユノーが投降したことを知って脱力した。
相手方の狙いは、王を選定し鉄壁の護りとなる魔法の指輪であるアイギスか、
アジールの至宝と謳われるユノー自身か、或いは両方か。
「陛下が、ドラゴヴィート王に監禁されているとの報告です」
「監禁されている、ということは、まだ陛下をお救いできる、ということだ」
「まさかミネルヴァ様まで!?」
「現王とアイギスを欠いては、もう我がダチアに未来はない」
「で、ですが……陛下が監禁されているのはドラゴヴィート王の宝物庫という話。
あそこは王以外は開けることができないのですぞ!?」
その宝物庫の扉には魔法がかけられていて、
魔法をかけた本人しか開けることができない仕組みだとの噂だった。
だから王に開けさせるか、もしくは、
「王の首を取れば魔法の効力は切れ、誰にでも開けられるようになる」
「しかしきゃつめは相当用心深い。人前にはほとんど姿を晒さぬと聞きます!」
「例外がある。剣闘士大会だ」
ドラゴヴィートでは、王の好物である剣闘士大会が盛んである。
これは剣闘士達が強さを競う大会であり、優勝者には巨万の富が約束される。
そして、その巨万の富を生み出す魔法の兜ヒルデグリムは、
ドラゴヴィート王直々に優勝者に手渡される。
つまりそこが、王の命を奪う唯一のチャンスということだ。
「なりませぬ!もし万が一負ければ、蛮族どもの慰み者にされてしまうのですぞ!」
「私の腕が信用できないと? 案ずるな。陛下もベローナも無事に連れ帰る。
そして改めてドラゴヴィートに制裁を下そう!」
大敗を喫した大国ゴートも、すぐに動くことはないだろうが、
女王が不在という情報が漏れればどう出るかはわからない。
他の国々もゴートのように攻め入ってくる可能性はないとは言い切れない今、
兵を動かすことはできない。
故にミネルヴァは、家臣達の反対を押し切り、
単身ドラゴヴィートに乗り込む決意をした。
過酷な運命が待ち構えているとも知らずに。
