月の涙の美しさに心を奪われた神は、それを拾いあげると命を与え、自らの遣いとした。
故に月の涙から生まれた彼らは、太陽の黄金の光だけではなく、月の純白の光で出来ているという……
『街外れに住んでいらっしゃる、セモン様のことを知っているだろう?』
とある夜、僕らの親代わりである院長先生にそう問われた。
セモン―例えその顔を見たことがなくとも、この付近では知らない者はいない。
昔は王都でも有数の貴族だった家柄の人物で、今でも名士として住人達から敬意を払われている。
同時に、街から離れた場所へ屋敷を構え、人目から隠れるように住んでいる変わり者――
そのセモンさんが、力仕事の出来る従業員を欲しているという。
無下に断ることも出来なかった院長先生は、この施設の中で最も最年長で、条件に該当しそうな子を選んだ――
それが、僕というわけだ。
セモンさん――ひいては院長先生の頼みともあれば、承諾するしかない。
早速その翌朝、僕は住み慣れた施設を離れ、森の奥にある館に向かった。
『ねぇ、セモン様のお屋敷ってどんななのかな?』
施設で妹のように一緒に育った女のコ・ナナと一緒に森に至る平原を、そして鬱蒼と広がる森の中を通り――
施設暮らしの僕からは想像も出来ないほど豪華で、広い屋敷へと辿り着いた。
『私が当家の主人のセモンです。
ようこそ、ユウ。これからしっかり働いてください』
変わり者の主人・セモンさん。
その従業員である偏屈な老人・レムさん。
そして、僕やナナと同じく施設で育ったシア姉。
彼らから快く迎えられた僕は、小さな部屋を与えられて働く事となる。
主人がちょっと、いや、かなり変わっていたり、なぜか真昼にもカーテンを落とす奇妙な決まり事があったり、総じて変な職場ではあったけれど、僕は順調に仕事をこなしていった。
でも――
ある晩、僕は屋敷に地下室があることを知る。
しかも、ほぼ時を同じくして、そこに至るための鍵も偶然に――
――いや、運命なのかもしれないけれど――手に入れてしまった。
『ねぇ、知ってる?あそこって昔は牢屋で、今でも幽霊が住み着いててって噂なのよ?』
『人には話せない事情というのはどこにでも在るはずだ。もちろんこの屋敷にも無いとは言わん』
皆が“近寄るな“言う。
けれども、どうしても好奇心に抗えなかった僕は、皆が寝静まった夜、鍵を片手に部屋を出た。
暗い通路の中、薄明かりだけを頼りに脚を進める。
その奥には、重たそうな扉が一つ。
その扉の奥には――。
透き通ったような肌の少女。
例えるなら、夜空を照らす淡い月の光のように
冷たく、優しく、白銀の存在に。
『僕は、会ってしまった―――』